ぺダリアン.com
PEDALIAN.com JACC日本アドベンチャー・サイクリストクラブ 日本国際自転車交流協会
menu
INTRODUCTION
はじめに
JACC
JACCとは
地球体験情報紙


PEDALIAN



EXCHANGE



 






動画

 自遊旅


World's Steepest Street
 

※トルコのイスタンブールより届きました世界一周中の小口良平会員からの報告です。(2012年3月9日)

   

今回は東欧での走行をレポートします。

お時間がありましたらお読みください。
 「期間   :2012年2月9日~3月3日(24日間)
  走行場所:オーストリア、スロバキア、ハンガリー、セルビア、ルーマニア、モルドバ、ウクライナ
   走行距離:2,207km
   気温   :-33℃~8℃(気温差41℃)‐基本的には全日キャンプ(ホームステイ1回)

 「30年ぶりの大寒波がヨーロッパを襲う」

ウィーンでのんびりとした日々を過ごしていたボクの耳には、引き裂けんばかりに響いた。
正直、99%が恐怖でドキドキしていた。
しかし残りの1%、心のどこかでワクワクしていた。
何か迷うようなことがあるとき、ボクは1%のワクワクに賭けることにしている。
今年のヨーロッパは暖冬で、ボクの心はいつの間にか越冬を決めていた。
ボクの旅のテーマ「プチアドベンチャー」は忘れさられていた。
自転車旅の良さは、「四季折々の大自然を原体験できること!」
それを思い出させてくれたのは、長野っ子らしく雪だった。
越冬なんてボクには似合わない!
3年前、この日のためにボクは冬の北陸を走った。
そして今回、いつの日かの南極走行のために走る!

 出発の朝は曇り。
下手に晴天よりはいい。
下手に晴天だったら気持ちが焦ってしまう。
今日はやけに喉が渇く。
それに食欲もない。
明らかにナーバスになって緊張している。
この場に及んで尻込みしている。
外を見ると粉雪が舞う。
ボクは故郷長野を思い出した。
実は先日、父が癌手術を行なった。
手術は成功した。
しかしこれからは手術よりきつい闘病生活が始まる。
癌とはそういう病気だ。
父が闘っているように、ボクも何かに立ち向かいたかった。
男にはやらなきゃならないときがある。
こうしてボクは大寒波の中に飛び出すことができた。

 最初の一歩がいかに大事か改めてわかった。
走り出してみると、体が、心が歓びに溢れ出した。
ボクはウィーンで自転車を下りて50日が過ぎていた。
久々の荷物の重量感にフラつきながらも、ペダルは軽かった。
あっという間に60km走ってスロバキアの国境を越えた。
休憩したことで、自分の置かれている環境に気がついた。
気温-18℃。
フェイスマスクから出た蒸気がつららとなってぶら下がっている。
走っている間にかいた汗が内側から凍り始めている。
立ち止まっている間にかいた汗がぐんぐんと体温を奪っていく。
休憩が全く休憩になっていない。
こうなると走り続けなくてはならない。
初日は考えるのが怖かった。
冷静になればなるほど、自分のしていることがいかに無謀なのかわかってしまうから。



 疲れもあって、初日はすぐにテントに飛び込んだ。

何も考えないようにして。
ふと目が覚める。
時計は21時を示す。
まだ2時間しか眠れていない。
鋭い痛みが足先に感じた。
どうやらあまりの寒気で足の末端神経がやられたらしい。
その後、3時間おきに足がつって目を覚ました。
午前4時、どうしようもなく眠れない。
起きる決心をするが、寝袋から出る勇気がない。
意を決して寝袋から出る。
その時、寝袋の異変に気づいた。
寝ている間にボクから出た蒸気がそのまま凍りついていた。
心臓がバクバクと激動している。
エアーマットまで内側で凍っている。
軽いめまいと吐き気がする。
テント内の気温は-25℃。
呼吸が激しくなるのが分かった。
テント内のペットボトルが氷結し膨張して割れている。
食欲もない。
はっきりと分かった、「これはヤバイ!」
「もう帰ろう。これは勇気ある撤退だ。」
そう自分に言い聞かせて外に出る。
「パキッピキッ!」
-30℃、空気が音をたてて凍る。
これがダイヤモンドダストか。
空気が振動して全身がビリビリする。
凛とした静けさの中、つんざくような深い耳鳴りだけがする。
瞼の内側のわずかな水分さえも凍って、視界さえも閉ざされる。
吸い込む冷気が肺まで凍りつかせそうだ。
押し潰されそうでまともに呼吸さえできない。
「これが-30℃の世界か・・・。想像以上だ・・・。」
明確に死を意識して、恐怖で押し潰されそうになる。
「もう何も考えないでいい。楽な方を選べばいい。さー帰ろう。」


 
来た道をそのまま引き返す。

足取りは重い。
映る景色は灰色だ。
そう、敗色。
頬からこぼれた悔し涙も地面に落ちる前に凍った。
ボクは帰り道、昨晩見た短い夢を思い出した。
小学校三年生の運動会の時の実際の話を夢で見た。
ボクは「スイミー」という物語の主人公スイミーを演じた。
それは全三年生120名が大きな魚を作って、外敵から身を守る話。
その大きな魚になるには、一匹だけ色の黒いいじめられっ子のスイミーが目となって完成する
ボクはその役を演じた。
他にやりたい人がいたのにも関わらず、ボクが選ばれた。
そのときのボクは目立つことが大嫌いだった。
なぜになぜ先生はあのときボクを・・・?
ボクの人生の七不思議の一つ。
昔よく見た夢だ。
なぜ今この夢を・・・?

 「何のために走っているの?」
この質問にボクは未だにうまく答えられない。
それは「山に登る人にどうして山に登るのか?」とか、「甘党の人になぜケーキを食べるの?」とか、「どうして人は誰かのことを好きになるのでしょうか?」って聞くようなものだと思う。
でもこの時のボクは、改めてこの質問を自分にしてみた。
「何のために走る?」
「わからない!わからないっ、わからないっ!!!」
「・・・わからないけど、1つわかる。自分が生きてることを実感したい。一人よがりでもいい、それが自分を満足させることならば。誰かのためじゃなく、自分のために価値あることをしたい。死ぬ直前になって、誰かの評価を気にするような生き方はしたくない。ボクは他の誰かじゃなく、たった1 匹のスイミーになりたいんだ。」
この日、ボクは初めて顔を上げた気がする。
「まだ諦めるの早い。まだボクはやれる。まだ自分の限界は知らない。戻ろう!」
『37・56km』
ボクが引き返した距離だ。
これがボクの弱さであり勇気の距離だ。



 スロバキアを越え、ハンガリーに入る。

天候は雪となり、最高気温でも-10℃以下となる。
走行中でも末端の足先だけは暖まらない。
靴の中は蒸気を発するため、それがすぐに凍結する。
靴を履いている間は冷凍庫に足を突っ込んでいるようなものだ。
-7℃の状態で3時間いると、凍傷というやつになる。
のちに知ったが、この時すでにボクの足は凍傷になっていた。
次第にボクは一歩大地を踏みしめるたびに激痛を感じるようになった。
トルコに着いたときは、指の切断2歩手前ぐらいの状態だった。
足を地面に下ろしている感覚もなく、さらに雪で足を取られる。
膝に負担がかかり、3日目から徐々に痛みがひどくなっていった。
ビンディングペダルも雪がつまって機能しない。
そのかわり、ヒンディングの鉄がペダルとすぐに凍結して、自然とくっついた。
だが、一度凍結してしまうと外れない。
何度も転倒して膝を打つ。
さらに膝を悪くする。
ツルンツルンになって光ったブラックアイスにも何度も引っかかった。
 調子が悪くなったのはボクだけではない。
自転車のブレーキもチェーンもスペロケットもディレイラーも凍りついた。
ブレーキもギアチェンジも効かない。
摩擦で溶かすか、凍りついたら叩いて削るしかない。



 冬の走行で大変なのは走行だけではない。
キャンプもその1つ。
すべてのものが凍りついてしまうので、水は魔法瓶にいれたものしか使えない。
食料は腐らないかわりに野菜やフルーツも凍りついてしまう。
バナナを食べようとしたとき、とんかちのように固くなったバナナをノコギリナ
イフで切った。
しかし中のバナナが舌に貼り付いて、危うく「バナナ死」するところだった。
冬のキャンプでは凍りついても食べられるドライフルーツやパスタがいい。
カチカチになったパンもスープに入れれば食べられる。



 テントの中でも工夫が必要だ。
湯たんぽ1つあるだけで、テント内の気温が3℃は上がる。
そしてチェリーピローも眠りにつくのを手助けしてくれる。
寝る時は靴下も手袋も3重、服もあるだけ全て着て、帽子やフェイスマスクで覆う。
インナーシーツに寝袋に寝袋カバー、エアーマットに銀マット、下からの底冷え
は足を攣る原因となる。
しかし不思議なことに命に危機が及べば及ぶほど、ボクの股間に春が訪れる。
これも生存本能なのか。
種の保存というやつか。



 テントは張る場所にも工夫がいる。
屋根の下で張るだけで寒さが変わる。
さらに東欧で気をつけねばならないのが犬だ。
奴らのテリトリーで張ってしまうと、夜中に仲間を呼んでずっと吠え続けられる。
せっかく人目を忍んでいるのに意味もない。
基本的に犬はテントの中にいる限り襲ってくることはない。
しかしテントの外は別だ。
テントの外にあったはずのボクの物が失くなっていた。
昨夜まであったはずの、ボクの「便」だ。
雪の上に彼らの足跡があったから、犯人は明白だ。
う~ん、ハングリーだね~。

 今回の東欧走行で犬にはほとほと困らされた。
何度も追いかけられて、実際にバックや靴を噛まれた。
時に15匹以上の犬に囲まれた時には命の危機を感じた。
野犬達はボクのような荷物をたくさん付けた自転車を普段見たことがなく、テリトリーに入ってきたからとりあえず威嚇して吠えてくるんだと思う。
しかし今回はボクにも原因があると思う。
3週間以上一度もシャワーを浴びなかったボクは、きっと彼ら以上の獣臭を発し
ていたんだと思う。



 ハンガリーからセルビアに入った。
そしてルーマニア。
この辺はジプシーが多い。
盗難をより気をつけねばならない。
夜半になると、この地域ではよくテントに向かって雪を投げられた。
ルーマニアからさらに進んでモルドバへ。
ここではパラレルワールドに入った。
モルドバの首都キシニョフより東、いきなりイミグレーションが現れた。
意味もわからず入国。
そこは人気もなく、無機質なソ連系のマンションが建ち並ぶ。
いきなり一台のパトカーが止まった。
現地語らしいが、彼らの身振り手振りと筆談で言っていることが分かった。
「オマエハ我ガ国デ交通違反ヲ犯シタ。2000ユーロヲ払ワナケレバナラナイ。払ワナケレバコウダ。」
と、両指3本づつを縦横に交差して牢獄をイメージさせてみせた。
全く身に覚えのないことにボクは呆然とした。
思わず空を見上げた。
空に月が2つあるのではないかと。
きっとここは作家村上春樹の「1Q84」の世界なのだと。
しかし月を見上げてもこの事態は解決しない。
改めてここが旧ソ連圏なのだと実感した。
彼らに払うワイロは一切ない!
この手の手口は中央アジアで経験済みだ!


 しかし辛いことばかりでない。
こんな季節に走っているサイクリストはボクしかいない。
だから声をかけて応援してくれる人はたくさんいた。
食事を振舞ってくれたり、テントを張る場所を提供してくれたり、ときに家にホームステイさせてくれたりした。


氷点下の走行が1週間過ぎても、夜が来るのが怖いのは変わらなかった。
一夜をしのぐために全力でテントを張る場所を探す。
それが例えトイレの中でも、命が助かるのなら背に腹は代えられない。
何よりも暖かかったのは人々の心。
それが何よりもボクの心を暖かくしてくれた。



 冬の季節にしか見れない極上の世界がある。
完全結氷したドナウ川に反射する御光。
毎日昇っては降りて行く太陽に、世界がどこまでも平和であることを祈ることができる。
そして地図にのらない場所を目指すことができる。
冬の間だけしか現れない幻の道。
キラキラと結晶が光る道。
砂漠のオアシスのように蜃気楼が見える。
この道に先はあるのだろうか?
でもボクはこの道を進まざるをえない。
自分の限界を知るために。
今、走っている轍は誰かの轍。
そうだ、ボクは自分だけの轍をつくりたかったんだ。
ボクのしたかったもの、それは「自分だけの轍をつくること」。
そうそれなんだ。
不意に高校のときの担任教師の言葉が甦る。
「為せば成る!苦しい時こそ前進している!」
 モスクから流れるアザーンがイスタンブールに着いたことを知らせた。
さー次はどんな轍を刻もうか!




小口良平 ブログ:地球一蹴


                ┃地球体験レポート┃小口良平┃        戻る

Copyright c 2005 PEDALIAN. All Rights Reserved. http://www.pedalian.com